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広島高等裁判所松江支部 昭和42年(ネ)105号 判決

主文

原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。

第一審原告らの請求をいずれも棄却する。

第一審原告らの本件各控訴を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも第一審原告らの負担とする。

事実

第一審原告ら訴訟代理人は、昭和四二年(ネ)第一〇五号事件(以下第一〇五号事件といい、第一〇三号事件についても同様とする)について、「原判決を次のとおり変更する。第一審被告は第一審原告竹本長保に対し金一八五万四九〇〇円及びこれに対する昭和三九年七月七日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を、第一審原告竹本初恵に対し金四六〇万六八〇〇円及びこれに対する前同日以降完済にいたるまで前同率の割合による金員をそれぞれ支払え。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を、第一〇三号事件について、「第一審被告の本件控訴を棄却する。控訴費用は第一審被告の負担とする。」との判決を求め、第一審被告指定代理人は第一〇三号、第一〇五号事件を通じて主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠の関係は次に附加するほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(一)第一審被告の主張

一、第一審原告らは本訴において第一審被告鳥取県知事に対し土地収用にともなう損失補償を訴求しているが、土地収用法第一三三条一項による損失の補償に関する訴の被告となる起業者は、本件の如き場合県知事ではなくて法律効果の帰属主体である県と解すべきであるから第一審被告は被告適格を欠くもので本訴は不適法である。

二、都市計画法に基づく都市計画は、交通、衛生、保安、経済等に関し、永久に公共の安寧を維持し又は福祉を増進するための重要施設を計画することであり、その重要施設としては道路のほか広場、公園、緑地等が予定されているが、その計画道路内において建築物の構造を一部限定する建築制限が行なわれる結果、土地所有者の権利がある程度制約される結果となつたとしても、それは憲法第二九条二項にいう財産権の内容を公共の福祉に適合するように法律で加えた制約であつて、該土地所有者が公共の福祉のために受忍すべき公用制限であり、本来土地所有権に内在する一時的な制約に過ぎず、憲法第二九条三項による補償を要しないものである(このことは公用制限のうち不作為義務を内容とするものについては原則として補償を要しないものと解されていることからも明らかである)から、右のような土地を収用するに際してもその損失補償を斟酌する必要はない。ところで本件土地は都市計画法に基づき昭和二三年五月二〇日計画道路と決定され、建築基準法第四四条二項(本件採決当時のもの、以下同じ)により建物の建築等が制限されることとなつた土地であつて、収用委員会の収用の裁決の時点において既に右の建築制限を受けている以上該制限の付せられた土地として右時点における価額によつて算定すべきものである。それ故原判決が都市計画の決定と都市計画事業の認可を混同し、後者の七年前になされた前者によつてもたらされた建築制限による損失をも参酌する方法において本件土地の補償価格を算定したことは不当である。

三、土地収用法によつて収用される土地の損失補償の額は収用委員会の裁決のときの価格を基準として算定すべきものとされていた(本件収用当時の土地収用法第七一条)から、本件土地の損失補償額は裁決のときにおいて建築制限を受けている土地として評価すべく、しかるときは収用委員会の裁決による本件土地の補償額は適正なものである。

第二、第一審原告らの主張

第一審被告は当審において本件訴訟の被告とすべき起業者は鳥取県知事ではなくて鳥取県であるから本訴は不適当であると主張するが、原審において第一審被告は同人自らが起業者であることを認めていたのであるから、第一審被告の右主張は自白の撤回であつて許されないし、仮りにそうでないとしても禁反言の法理上からも許されないものである。また右を実質的にみても、第一審被告が原審において提出した建設大臣河野一郎の裁定書(乙第五号証)、鳥取県収用委員会の裁決書(乙第六号証の一)、起業者鳥取県知事職務代理者の意見書(乙第九号証)、昭和三九年度第四、五回収用委員会公開審理議事録(乙第一五、一六号証)等はいずれも鳥取県知事が起業者であることを明示しているから、第一審原告らが本訴において鳥取県知事を被告としたことにはなんらの過誤もない。

第三証拠(省略)

理由

一、まず鳥取県知事の本訴における被告適格について判断する。第一審原告らは第一審被告の被告適格に関する当審における主張について、右は自白の撤回にあたるばかりでなく禁反言の法理に照らしても許されないと抗争するが、当事者適格の如き職権調査事項に属するものについては当事者の処分を認めていないから自白の効力は認められないし、また禁反言の法理の主張を許すべき筋合のものでもない。故に第一審原告らの主張はそれ自体失当であつて採用できない。

ところで土地収用法第一三三条一項にいう収用委員会の裁決のうち損失の補償に関する訴について、同条二項はその提起者が土地所有者または関係人であるときは起業者を被告としなければならないと定めているから、本訴において被告となるべき起業者がなにびとであるかを考えるに(従来この点についての見解は必らずしも一致していない)、当裁判所は結論として鳥取県知事を起業者と認め同人が被告としての適格を有するものと判断するものである。即ち元来行政庁は国または地方公共団体の機関であつて、それらの財産的行為に関し自らその主体となり得るものではなく、その意味において権利能力を有しないものであるところ、土地収用法第六八条は土地収用によつて所有者等が受ける損失は起業者が補償しなければならないとしているから、ここにいう起業者は補償について現実に金銭の出損を担当する権利能力者即ち財産行為の主体である国または地方公共団体をさし、それ故同法第一三三条二項にいう起業者も概念の統一的把握の要請上行政庁ではなく国または地方公共団体であるとする解釈がありこの見解は傾聴に値する。しかしながら都市計画法第五条一項は都市計画及び都市計画事業は行政庁がこれを行う旨を定め、土地収用法第八条一項は、「起業者とは……事業を行なう者をいう」と定めていることからみれば、官営公費事業たる都市計画事業の執行者たる行政庁であるとも解し得るのである。本件においても成立に争のない乙第五号証(裁定書)や、乙第六号証の一(裁決書)等には起業者として鳥取県知事名が表示されているのであるが、土地所有者らにとつては右が起業者たる公共団体の機関としての知事名を表示したものとは到底確知し得ないから、かかる場合に知事が財産行為の主体たり得ないことを根拠として起業者に該当せず、それ故土地収用法第一三三条二項にいう被告たるの適格を有しないものとすることはいたずらに私人である損失補償権者を混乱に陥らしめ、補償の迅速性及び確実性をまつとうせしめるゆえんではないといわなければならない。しかも地方公共団体とその機関である行政庁は、両者が観念的には別個独立した人格であることを否定できないけれども、それらを実質的な面からみれば、行政庁を被告とした場合においても、それが代表する地方公共団体の利益が全く無視されるにいたるおそれはないと考えられるのであり、仮りにもしそのことによつてなんらかの不利益が及ぶものとしても、右の両者を竣別して被告適格を論ずることによつて加えることあるべき私人の補償請求実現の確実性の阻害(例えば出訴期間の遵守を全うし得ない結果となる如き)の可能性に比すればその甘受を余儀なくされてもまたやむを得ないところといわなければならない。それ故以上の点から当裁判所は知事に被告適格を認めるものである。しかして本件土地収用は、倉吉都市計画街路事業の用に供するため鳥取県知事がなしたことは後記のとおり当事者間に争いがないから、同知事を被告とした本訴は適法である。この点に関する第一審被告の主張は採用できない。

二、そこで第一審原告らの請求の当否について判断する。

(一)  第一審原告竹本長保(以下第一審原告長保という)が原判決別紙第一目録記載の土地(以下第一物件という)を、第一審原告竹本初恵(以下第一審原告初恵という)が同上第二目録記載の土地(以下第二物件といい、第一、第二物件を合わせて本件土地という)をそれぞれ所有していたこと、本件土地が倉吉都市計画街路用地であつて、右都市計画について昭和二三年五月二〇日建設院告示第二一五号による内閣総理大臣の計画街路の決定があり、その後執行年度割の決定並びにその変更を経て同三九年一月一四日本件土地につき土地収用法第三三条により鳥取県告示第七号をもつて鳥取県知事の土地細目の公告がなされたこと、そこで起業者である第一審被告は本件土地の所有権取得のために、第一審原告らと同法第四〇条の規定による協議を行なつたが不調となつたので、都市計画法第二〇条の規定により昭和三九年二月一九日収用土地の区域及び収用の時期について建設大臣の裁定を求め、同年三月二三日付をもつて本件土地を貸吉都市計画街路(二等大路第一類第一号線、倉吉上井停車場線)事業の用に供するため収用し、その時期を鳥取県収用委員会の当該収用にかかる損失補償の裁決があつた日から起算して一五日目とする旨の裁定を受けたこと、第一審被告は同月二五日鳥取県収用委員会(以下収用委員会という)に対し本件土地の損失補償についての裁決の申請をしたこと、これに対し収用委員会は同年六月二二日第一物件につき第一審原告長保に対する損失補償額を金五七万五一〇〇円(三、三平方メートル当り七、一〇〇円)残地補償額を金三万一八〇八円、第二物件につき第一審原告初恵に対する損失補償額を金一三三万三二〇〇円(三・三平方メートル当り一万〇一〇〇円)とする旨の裁決をしたことはいずれも当事者間に争いがない。

(二)  そこで本件土地につき収用委員会の裁決した損失補償額が相当であるか否かについて検討する。

(1)  まず第一審被告は、本件土地は都市計画法に基づき昭和二三年五月二〇日計画道路と決定され、そのため建築基準法第四四条二項により建築物の建築制限を受ける土地となつたが、右の建築制限は損失補償の対象とならないから収用の裁決においても建築制限を受けている土地として評価すれば足りると主張する。

都市計画は複雑多岐化している都市活動が一体として十全且つ有機的に機能し得るように都市の構成に統一を与え、交通、衛生、保安、経済等に関し公共の安寧を維持し、又は福祉を増進するために街路その他の公共施設を整備するとともに土地の利用を合理化することを目的とする総合的な計画であるが、右の計画によつて都市構築を容易ならしめるためには、その目的を遂行する上に最も大きな障害として横たわる私人の財産ないしは権利を不可避的に制約あるいは制限する要に迫られることは多言をまつまでもない。そこで都市計画法は都市計画に公定力を附与する都市計画の決定という処分によつて土地所有権に対する公法上の制限の効果を生ずるものとし、その一環として右決定に内閣の認可を受けた計画道路内においては一定の建築制限の効果が生ずるものとしている(建築基準法第四四条二項)。ところで憲法第二九条二項は、「財産権の内容は公共の福祉に適合するように法律でこれを定める」と規定し、私人の財産権の内容の制限について形式的には法律の留保を、実質的には公共の福祉への適合を定めているが、右の建築制限は法律によるものであるという点において形式上の要件を充足するとともに、その制限が、計画道路内における土地所有者が公共の福祉のために受忍すべき社会的拘束力に基づくものであつて土地の所有権者に本来内在する制約であると考えられる点において実質的にも憲法の右条項に背離するものでないといわなければならない。即ち憲法の右条項によれば、土地所有権の内容もまた公共の福祉に適合するように法律でこれを定め得ることは多言をまつまでもないところ、前記の如く都市計画は都市の構成に統一を与え公共施設を整備するとともに土地利用の合理化を目的とする総合的な計画であつて、その公益的色彩は極めて強度であるのに対し、建築基準法第四四条二項の建築制限は都市計画に支障を及ぼすべき行為の禁止又は制限即ち不作為義務を内容とするものであり、その制限の程度も私人の権利を剥奪し又はこれと同視し得るが如きものでないから、前者の公益性に奉仕するものとして加えられる後者の制約はすべての権利に当然に存在する制約といわなければならないのである。そして憲法第二九条二項により財産権の内容に制限を加えた場合、それが合理的な程度を越えないものである限り同条第三項にいう補償を要しないものと解されるから(但し法律で補償義務を認めている場合、たとえば航空法五〇条等は例外である)、前記の建築制限が憲法第二九条二項によつて是認される範囲のものである以上その制約は損失補償の対象とはならない。それ故右の建築制限によつて第一審原告らがなんらかの損失を受けたとしても、それは憲法第二九条三項をうけて定められた土地収用法第六八条以下にもとづく損失補償を受けることはできず、従つて本件土地収用による損失補償額の算定にあたつては同土地が建築基準法による前記制限を受けた土地であるとしてその評価をなせば足りるものというべく、第一審被告のこの点に関する主張は正当であるといわなければならない。

(2)  よつて進んで本件土地についての損失補償の適正額について判断する。

成立に争いのない乙第六号証の一によると収用委員会は本件土地の損失補償額を決定するにつき右土地が都市計画の決定により建築制限を受けた使用制限付のものであることを前提とし、右制限による価値の減少を考慮しない立場にたち第一審被告が本件道路用地として第一審原告ら以外の土地所有者から任意に買収した近傍類地の買収価格(以下任意買収価格という)を勘案し、乙第一二号証、同第一三号証の一、二の各鑑定書(前者は原審証人山根正二の証言により、後二者は原審証人竹田賢治の証言により成立の真正を認める)を参酌し、収用委員会の損失補償の裁決の日である昭和三九年六月二二日現在において(当時の土地収用法第七一条参照)第一審原告長保所有の第一物件につき三・三平方メートル当り金七、一〇〇円、同初恵所有の第二物件につき同金一万〇一〇〇円と評価決定したことが認められる。そして本件の証拠にあらわれた鑑定人の鑑定結果中、前記(1)説示の立場に従つてなされた原審岡田鑑定人の鑑定結果によれば、三・三平方メートル当り第一物件の価格は六、八三〇円、第二物件の価格は九八四〇円であり、当審の松川鑑定人の鑑定結果によれば前者が七、七〇〇円、後者は一万〇四〇〇円であつて(以上の各基準時はいずれも昭和三二年六月二二日、即ち前記裁決の日である)、その結論は本件土地の各収用価格と極めて近似していることが認められる。もつとも原審の田栗鑑定人の鑑定結果は右と同じ立場にたちながらその結論が右岡田並びに松川鑑定人の結論の約二倍の高額に達しているが、原審における田栗鑑定人の供述によるも、何故左様な大きな開きが生ずるのか判然としないばかりでなく、右供述によれば、田栗鑑定人はかねて第一審原告長保と面識があり鑑定をする以前、同原告から本件土地の価格について相談を受けている形跡のあることが推認されるので、右鑑定結果は本件土地の損失補償額の算定資料から排除するのが適切であるしまた以上の鑑定とその立場を異にし、本件土地が公法上の制限を受けていないと仮定してその価格を求める立場にたつてなされた原審の安達鑑定人の鑑定結果が本件の資料として参酌し得ないことはいうまでもない。

そうすると右岡田並びに松川鑑定が合理性を有し、且つ収用委員会の参酌した資料が適正でその評価が不当でない限り本件土地の各収用価格もまた不相当といえないことに帰着するから、この点を按ずるに、前記岡田鑑定は、鑑定書の記載に徴して明らかである如く、対象物件たる本件土地の立地条件、周辺地域の発展性等その環境と特徴を詳細に検討し、且つ建築制限を受けるものとしてこれと物的同一性、場所的同一性のある同類型の物件の取引価格五例を参酌し、あわせて本件収用価格決定にいたつた方式及びその経緯をも考慮しつつ基準点の昭和三六年一二月一七日から裁決の時点たる同三九年六月二二日えの修正につき建築制限を受けた土地としての上昇率を乗じてその結果を算出したものであり、また前記松川鑑定も、その鑑定の記載によれば、右岡田鑑定とほぼ同一の考慮方法のもとに(但し本件収用価格決定にいたつた経緯は参酌していない。)なされたことが認められるから、右両者の鑑定に疑義をさしはさむべき合理的な理由は存せず、従つてその各結論はいずれも信を措くに足りるものといわなければならない。しかして収用委員会が本件土地の損失補償金額を算出する基礎資料として近傍類地の任意買収価格及び前掲乙第一二号証、同第一三号証の一、二を考慮したことは前段に認定したとおりである。ところで任意買収価格は収用者側に存する予算の制約、被収用者側に存する公共事業のためにする利害無視の感情その他の諸事情からして自由な取引市場における土地の売買価格の決定とは異なつた側面を有することは否定できないから、必らずしも絶体的な価値を有するものとはいえないけれども、一方土地収用法第七二条(本件裁決当時のもの)は、損失補償の額は近傍類地の取引価格等を考慮すべき旨を定めているから、任意買収価格が到底通常の取引価格たり得ないとの特別の事由のない限りこれを資料として参酌するもなんら差支えないといわなければならない。今本件においてこれをみるに原審証人松本遠治の証言によると、同人は本件土地と同じく計画道路に指定された近隣地の所有者であつて、当初第一審原告その他の者と軌を一にして第一審被告との間に任意買収の接衝を重ね、最終的には任意買収に応じたこと及び当初第一審被告が示した買収価格と地主側の主張する売渡価格との間に相当程度の開きがあつたが双方交渉の末、最終的に決定された価格は地主側の主張した価格に近いもので計画道路地の価格としては地主の満足し得る価格であり、六十数名中原告らを含む四名を除くその余の地主が任意買収に応じたことをそれぞれ認めることができるから右の任意買収価格が通常の取引価格と著しく相異するものとはいい難く、それ故収用委員会がその価格をそれらの土地と同類型である本件土地の損失補償額算定の資料としたことになんらの過誤はない。しかして原審証人山根正二の証言によれば、前掲乙第一二号証は本件土地が道路予定地であることを既定の事実としつつ前記任意買収価格並びに近傍の同種条件の土地についての事例をも参酌し、市場資料比較法を主として算出した価格を表示したものであつて、右の算出根拠は本件に則応したものであることが認められる。次に前掲乙第一三号証の一及び二は原審証人竹田賢治の証言によると本件土地が道路敷予定地であることを考慮外においてなされたものであることが認められるので右を本件土地評価の資料として採択することは不当であるけれども、本件土地の前記各補償金額が乙第一三号証の一及び二によつて第一審原告らに不利に決定されたものでないことは、右金額がいずれも右乙第一三号証の一、二記載の金額を上廻るのみならず、本件に則応した鑑定である前記乙第一二号証記載の金額をも上廻つていることに徴し明らかである。そうすると収用委員会が右の如き資料を勘案して本件補償金額を算出決定したことには妥当性を欠く点はなく、その金額が前記の信を措くに足りる岡田並びに松川鑑定の各結果と殆ど近似する点において妥当なものといわざるを得ない。ただ更に詳細に論ずるならば、本件補償金額と松川鑑定の金額との間には三・三平方メートルあたり第一物件につき六〇〇円、第二物件につき三〇〇円の差があつて後者が前者を上廻つていることが明らかであるけれども、後者の鑑定が本件裁決の時から既に四年半を経過した昭和四四年一月一〇日になされたことを考慮すれば、裁決の時の近日時における前記資料を参酌して決定された右補償額が松川鑑定の結果より僅か前記金額だけ下廻つていることの故にそれが不相当であると断ずることはできない。

なお第一審原告らは同人らが本訴において主張する本件土地の金額の根拠として原判決別紙取引価格表記載の如き近傍地の取引事例を列挙しており、同表のうち2、4、6の事実は当事者間に争いがなく、原審証人黒川寿晴の証言により同表7の事実、原審における鑑定人安達敏夫の供述により同表5の事実、原審における第一審原告初恵本人尋問の結果により同表1、3の各事実いずれも成立に争いのない甲第七、八号証により同表8の事実をそれぞれ認めることができるが、近傍類地の取引価格といい得るか否かは複雑困難な問題であつて個々の取引の需要側と供給側との事情その他各取引に内在する諸要素を明らかにしない限り軽々しくこれを肯定すべきではないから、かゝる諸要素の明確でない右各取引の価格をそのまま採用し、これによつて本件土地の評価を決することはできない。

しかして本件においては以上に説示したところのほか本件補償額が不当であると認めるに足る資料はないから結局本件土地に関する各補償金額はいずれも相当であるといわなければならない。

三、以上の次第で本件損失補償金が不当に低廉であることを前提とする第一審原告らの本訴請求はいずれも失当であつて第一審被告の本件控訴は理由があるから原判決中右と異なる第一審被告敗訴部分を取り消して第一審原告らの請求を棄却し、第一審原告らの本件各控訴はいずれも理由がないからこれを棄却し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第九六条、第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

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